中学1年生の頃に「マイナス×マイナス=プラスになる」という性質を教わったと思います。
みなさんはこれを説明、証明できますか?
今回は、その主張の基礎となる式「(-1)×(-1)=1」について、厳密な証明を与えたいと思います。
この記事を通して、数学で証明する際の姿勢を感じていただければと思います。
中学で学んだ説明は “証明” になるのか
まず、中学生1年生の頃に教わった考え方では「マイナス×マイナス=プラス」の証明にはなっていないのでしょうか?
証明として不足している点が何かあるかを意識しながら、教科書でよくなされる説明を振り返っておきましょう。
中学1年生の教科書では
\begin{align*}
&\mbox{正の数}\ \times\mbox{正の数}\\
&\quad\longrightarrow\ \mbox{正の数}\times\mbox{負の数}\\
&\quad\longrightarrow\ \mbox{負の数}\times\mbox{負の数}
\end{align*}の順に説明されることが多いようです。
例えば、\((-2)\times (-3)=6\) を計算してみましょう。
まず、\(2\times 3=6\) からスタートして
\begin{align*}
\begin{array}{lcl}
2\times 3 & = & 6\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times 2 & = & 4\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times 1 & = & 2\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times 0 & = & 0\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times (-1) & = & -2\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times (-2) & = & -4\\
& &\quad \downarrow -2\\
2\times (-3) & = & -6
\end{array}
\end{align*}のように、かける数を \(1\) 減らすと積が \(2\) 減るという規則を “負の数まで拡張して(X)” \(2\times (-3)=-6\) を計算します。
次に、\(2\times (-3)=-6\) からスタートして
\begin{align*}
\begin{array}{lcl}
2\times (-3) & = & -6\\
& &\quad \downarrow +3\\
1\times (-3) & = & -3\\
& &\quad \downarrow +3\\
0\times (-3) & = & 0\\
& &\quad \downarrow +3\\
(-1)\times (-3) & = & 3\\
& &\quad \downarrow +3\\
(-2)\times (-3) & = & 6
\end{array}
\end{align*}のように、かけられる数を \(1\) 減らすと積が \(3\) 増えるという規則を “負の数まで拡張して(Y)” \((-2)\times (-3)=6\) を計算します。
以上のような説明をした後、次の計算規則が重要事項としてまとめられます。
- 同符号の数の積は、絶対値の積に正の符号をつける。
- 異符号の数の積は、絶対値の積に負の符号をつける。
一見、証明になっているようですが、(X)や(Y)での規則の拡張は本当に可能なものなのでしょうか?事実としては正しいので中学生に対する導入としては良いでしょうが、厳密な証明としては採用できるのでしょうか?
正しい事柄だからといって何でも証明に用いれるわけではないです。
(例えば、「東ってどっち向き?」という問いに対して「北を向いたときに右の向きだよ」と答えたとしましょう。事実としては正しいですし、一見、答えになっているように思えます。しかし、“右” の定義が “北を向いたときに東にあたる向き” であった場合はどうでしょうか。先ほどの答えでは、東がどっち向きであるかという問いの答えに、東を使って定義された “右” という概念を用いてしまっているので、答えにはなっていないということになります。)
\(p\) という性質が \(p\) 自身の証明に関わっていては、論理が破綻してしまいます。このような破綻にも注意しつつ、以下で証明をしてゆこうと思います。
証明するための準備
証明をする際に大切なことは
- 証明で示すべき結論
- 仮定など、証明に使える道具
をはっきりとさせることです。それが、上で述べた論理の破綻を防ぐことにも繋がります。慣れないうちは、両者を具体的に書き出してみると良いと思います。特に、今回のように一見当たり前の主張を証明するときは、2で挙げた “道具” として何が使えるのかを見極める必要があります。
結論の分析
結論は
$$
(-1)\times(-1)=1
$$
ですね。
登場するのは、乗法 \(\times\) と \(1\) と \(-1\) です。そこで、
「乗法の定義、\(1\) の定義、\(-1\) の定義、全て言えますか?」
当たり前と思えるものを示すときは、定義が出発点となることが多いです。これらの定義を確認しておきましょう。
道具の確認
加法と乗法が計算の基本となります。このふたつの演算を備えた数の概念として「環」(かん)と呼ばれるものが存在します。その定義を述べておきます。
環の定義
加法について…
- 任意の数 \(x,y,z\) に対して
\begin{align}
(x+y)+z=x+(y+z)\tag{A-1}
\end{align}が成り立つ。(結合法則) - \(0\) という数が存在して、任意の数 \(x\) に対して
\begin{align}
x+0=0+x=x\tag{A-2}
\end{align}が成り立つ。(零元の存在) - 任意の数 \(x\) に対して、
\begin{align}
x+y=y+x=0\tag{A-3}
\end{align}となる数 \(y=-x\) が存在する。(反元の存在)
乗法について…
- 任意の数 \(x,y,z\) に対して
\begin{align}
(xy)z=x(yz)\tag{M-1}
\end{align}が成り立つ。(結合法則) - \(1\) という数が存在して、任意の数 \(x\) に対して
\begin{align}
x\times1=1\times x=x\tag{M-2}
\end{align}が成り立つ。(単位元の存在)
加法と乗法について…
- 分配法則が成り立つ。
以上の6つの項目を満足する加法と乗法が定義された数の集まりを「環」と呼びます。例えば、整数全体、有理数全体、実数全体、複素数全体などは通常の加法と乗法によって環となります。
\(0, 1, -1\) の正体
環の定義において、今回の証明に臨むにあたって特に重要な点は、
- “ \(0\) ” という数は、加法に関する等式 \(x+0=0+x=x\) のみによって特徴付けられる
- “ \(1\) ” という数は、乗法に関する等式 \(x\times 1=1\times x=x\) のみによって特徴付けられる
- “ \(-1\) ” という数は、等式 \(x+1=1+x=0\) を満たす数 \(x\) である
ということです。
これらの道具を駆使して証明を進めたいと思います。
証明の見通しを立てる
我々は、「\((-1)\times(-1)=1\)」という数式が正しいことを知っています。他にも、正しい(であろう)計算を経験から知っていますので、それらを元に証明の見通しを立てたいと思います。
「 \((-1)\times(-1)=-(-1)\) 」 となること
これは正しい計算ですが、環の定義にはありませんので証明が必要ですね。
ある数が \(-(-1)\) となることを示すには、その数に \(+(-1)\) して \(=0\) になれば良いです。
\begin{align*}
&(-1)\times(-1)+(-1)&&\\
&=(-1)\times(-1)+(-1)\times1&&(式({\rm M-2})より)\\
&=(-1)\times((-1)+1)&&(分配法則より)\\
&=(-1)\times0&&(式({\rm A-3})より)
\end{align*}
ここまでは環の定義から従います。
しかし、最後に \((-1)\times0=0\) と書きたいところで「定義にない」という問題が生じます。
これは、前もって別に証明すべき性質Aとして示したいと思います。
「 \(-(-1)=1\) 」 となること
これも正しい計算ですが、環の定義にはありませんので証明が必要ですね。
これも事前に証明すべき性質Bとして示したいと思います。
性質Aと性質Bを示すことができれば、\((-1)\times(-1)=-(-1)\) かつ \(-(-1)=1\) となるので、メインの証明が完了するという見通しが立ったでしょうか?
いざ証明
「 \(a\times 0=0\) 」を示す(性質A)
「\(\times\,0\) したら \(0\) になるのは \(0\) の定義ではない」
という事実を受け止め、証明しましょう。
今回の証明では \((-1)\times0=0\) が分かれば十分ですが、一般に、任意の数 \(a\) に対して \(a\times0=0\) となることを証明したいと思います。
– – – – – 証明 – – – – –
\(a\) を任意の数とし、\(x=a\times0\) とおく。\(0\) の定義より
$$
0+0=0
$$
両辺に \(a\) を左からかけると、分配法則より
\begin{align*}
a\times(0+0)&=a\times0\\
a\times0+a\times0&=a\times0\\
x+x&=x
\end{align*}
両辺に \(-x\) を足すと
\begin{align*}
(x+x)+(-x)&=x+(-x)&&\\
x+(x+(-x))&=x+(-x)&&(式({\rm A-1})より)\\
x+0&=0&&(式({\rm A-3})より)\\
x&=0&&(式({\rm A-2})より)
\end{align*}
以上より、\(a\times 0=x=0\) を得る。
– – – – – 証明終 – – – – –
「 \(-(-a)=a\) 」を示す(性質B)
今回の証明では \(-(-1)=1\) が分かれば十分ですが、一般に、任意の数 \(a\) に対して \(-(-a)=a\) となることを証明したいと思います。
– – – – – 証明 – – – – –
\(a\) を任意の数とし、\(x=-a\) とおく。式 (A-3) より
$$
a+x=x+a=0
$$
この式を \(x\) を主役として見ると、再び式 (A-3) より
$$
a=-x
$$
以上より、\(-(-a)=-x=a\) を得る。
– – – – – 証明終 – – – – –
「 \((-1)\times(-1)=1\) 」を証明する
いよいよ、メインの証明を行います。
立てた見通しに沿って、性質Aと性質Bを使って証明を完成させましょう。
– – – – – 証明 – – – – –
\(x=(-1)\times (-1)\) とおく。この両辺に \(-1\) を足すと
\begin{align*}
&x+(-1)&&\\
&=(-1)\times(-1)+(-1)&&\\
&=(-1)\times(-1)+(-1)\times1&&(式({\rm M-2})より)\\
&=(-1)\times((-1)+1)&&(分配法則より)\\
&=(-1)\times0&&(式({\rm A-3})より)\\
&=0&&(性質{\rm A}で a=-1 とする)
\end{align*}
これはすなわち、式 (A-3) より \(x=-(-1)\) であることを意味する。
よって、
\begin{align*}
(-1)\times(-1)
&=x&&\\
&=-(-1)&&\\
&=1&&(性質{\rm B}で a=1 とする)
\end{align*}
を得る。
– – – – – 証明終 – – – – –
まとめ
今回は、マイナス×マイナス=プラスの基本となる「\((-1)\times(-1)=1\)」という数式を証明しました。
余裕のある方は
「任意の数 \(a,b\) に対して、\((-a)(-b)=ab\) となること」
が同様に証明できることを確認してみてくださいね。
証明を行うときは、結論(ゴール)を明確にして、仮定をはじめとする道具を整理することが大切でした。
今回の証明を通して、それを感じていただけていたら嬉しいです。
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