なぜ任意の集合の部分集合になるのか? 〜空集合の公理から証明する〜

代数

今回のテーマは「空集合」です。高校数学の数学Iの教科書で

「空集合は、どんな集合に対しても、その部分集合であると約束する。」

と書かれることのある空集合ですが、なぜそのように約束しようと思ったのでしょうか?これが納得できずに躓いてしまう高校生も少なくないでしょうから、高校数学から少し掘り下げて説明してゆこうと思います。

高校数学において根拠や理由の説明がなく約束されて認められているような事実は、数学的には正しいけれども、高校数学の範囲で説明するのは面倒であったり難しかったりするものである場合があります。今回はそのような例として「空集合は任意の集合の部分集合である」という事実を扱ってゆこうというわけです。

本記事では、数の計算は行いません

日本語といくつかの記号で書かれた文章を読み進めながら、数学の議論の進め方を感じていただければと思います。

 

数学における「論理」の基礎

命題とは何か

数学を学ぶ上で最も基本的であるのは「論理」に関する正しい理解であると思います。ここでは、その「論理」の基礎の基礎である命題について、簡単に確認してゆこうと思います。

であるかであるかが “はっきりとしている’’ 主張を命題といいます。

例えば、正の整数 \(n\) に関する主張

  • \(a(n)\):\(n\) は \(4\) の倍数である。
  • \(b(n)\):\(n^2\) は \(4\) の倍数である。
  • \(c(n)\):\(n\) は偶数である。
  • \(d(n)\):\(n\) は大きい。

を考えると、\(a(n)\), \(b(n)\), \(c(n)\) は命題ですが、\(d(n)\) は真偽がはっきりと定まらないので命題ではありません。

ここで、命題から新しい命題を作ることもできます。

  • 「\(a(n)\) ならば \(b(n)\) である。」という主張は命題となります。この命題を「\(a(n)\ \Longrightarrow\ b(n)\)」と書きます。この命題は真ですね。

ここで、ふたつの命題「\(b(n)\ \Longrightarrow\ c(n)\)」と「\(c(n)\ \Longrightarrow\ b(n)\)」は共に真の命題です。

このように、互いに逆であるふたつの命題が共に真であるとき、\(b(n)\) と \(c(n)\) の真偽が一致するので「\(b(n)\ \Longleftrightarrow\ c(n)\)」と書き、\(b(n)\) と \(c(n)\) は同値であるといいます。

他にも、命題 \(p\), \(q\) に対して

  • \(\lnot p\):\(p\) が偽であるときに真となる命題(\(p\) の否定という。)
  • \(p \land q\):\(p\) と \(q\) が共に真であるときに真となる命題
  • \(p \lor q\):\(p\) と \(q\) の少なくとも一方が真であるときに真となる命題

のようにして、新しい命題を作り出すことができます。

ここで、命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」は「\(p\) が正しいという仮定の下で \(q\) の真偽を判断」していました。では、\(p\) が正しくないとき、命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」の真偽はどのように決定したら良いのでしょうか?

そこで、命題「\((\lnot p)\lor q\)」を考えてみます。ここで、命題 \(p\) が真であるときに否定 \(\lnot p\) は偽であるので、\((\lnot p)\lor q\) の真偽は \(q\) の真偽に一致します。

そうです。

\(p\) が真であるときに
ふたつの命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」と「\((\lnot p)\lor q\)」は同値

なのです。

今、「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」は \(p\) が偽の場合については言及していないように思えていましたが、「\((\lnot p)\lor q\)」は\(p\) が偽であろうと真偽が定まりますよね。

この考察を用いて、命題 \(p\), \(q\) に対して

命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」は
命題「\((\lnot p)\lor q\)」のことである

と定義し直してあげるのです。(同時に、同値性も再定義されています。)

これにより、命題 \(p\) が偽であるとき否定 \(\lnot p\) は真となり、「\((\lnot p)\lor q\)」は常に真であることが言えます。

そうです。

仮定 \(p\) が偽であるならば
結論 \(q\) の真偽に関わらず
命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」は真なのです!

 

高校数学において…

  • 命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」が真であることを “素直に’’ 示すときに、\(p\) が真であると仮定して議論を進めれば十分であったのは、\(p\) が偽であるときは無条件に真であることが従うからでした。
  • 命題「\(p\ \Longrightarrow\ q\)」が真であることを “背理法で’’ 示すときに結論 \(q\) の否定を仮定していたのは、定義である「\((\lnot p)\lor q\)」を否定すると「\(p\land(\lnot q)\)」となるからでした。

命題を真理表で理解する

以上の命題の真偽に関する定義を表(真理表と呼ぶ)にしてまとめておこうと思います。命題 \(p\), \(q\) に対して、その命題が真であることを \(1\) で表し、偽であることを \(0\) で表します。


$$
\begin{array}{cc|ccc}
\hline
p & q & \lnot p & (\lnot p)\lor q & p\ \Longrightarrow\ q \\
\hline \hline
1 & 1 & 0 & 1 & 1 \\
1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\
0 & 1 & 1 & 1 & 1 \\
0 & 0 & 1 & 1 & 1 \\
\hline
\end{array}
$$


$$
\begin{array}{cc|ccc}
\hline
p & q & p\ \Longrightarrow\ q & p\ \Longleftarrow\ q & p\ \Longleftrightarrow\ q \\
\hline \hline
1 & 1 & 1 & 1 & 1 \\
1 & 0 & 0 & 1 & 0 \\
0 & 1 & 1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 1 & 1 & 1 \\
\hline
\end{array}
$$

 

「集合論」の第一歩

集合とは何か

「集合」とは、素朴には “モノの集まり’’ です。

ただ、なんでも良いのではなく、含まれるか否かが “はっきりとしている’’ 必要があります。“はっきりとしている’’ と言えば「命題の真偽」でしたね。そこで、我々は \(x\) というモノと \(x\) に対して真偽の定まる命題 \(p(x)\) を用いて

  • \(p(x)\) が真となるような \(x\) は含む
  • \(p(x)\) が偽となるような \(x\) は含まない

というルールで集合 \(S\) を定めてみます。


$$
S=\{x \mid p(x)\}
$$

 

「集合」と言われたら、基本的にこのイメージで問題ありませんが、このままでは論理が破綻してしまうケースがあります。例えば、ラッセルのパラドックスと呼ばれるものですが
$$
R=\{x \mid x\notin x\}
$$と、上記の意味での “集合’’ を定義します。このとき

  • \(R\notin R\) であるとすると \(R\) の定める命題を満たすので \(R\in R\) となる。
  • \(R\in R\) であるとすると \(R\) の定義より \(R\notin R\) となる。

となり、論理が破綻してしまうのです。

そこで、この \(R\) のようなものを集合として構成できないように、集合という概念を公理によって厳密に定める必要があります。現在、一般的に使われている集合の公理系は「ZF公理系」と呼ばれます。さらに、“選択公理’’ と呼ばれる公理も追加して「ZFC公理系」と呼ばれる公理系を考えることもあります。

その公理系は(書き方にも依りますが)10個近くの公理からなります。それらは抽象的であるので全てを紹介することは避けますが、一つ紹介しておこうと思います。それは、これから定義する集合が “等しい’’ ことの条件を与えるものです。

 

任意の集合 \(A\), \(B\) に対して、
命題 \(x\in A\) と命題 \(x\in B\) が同値であるならば
\(A=B\) である。

 

つまり、「\(x\in A\ \Longrightarrow\ x\in B\)」と「\(x\in B\ \Longrightarrow\ x\in A\)」が示せれば「\(A=B\)」が従うということです。高校数学まででは当たり前ですが、公理とは、その当たり前を保証する大切な存在です。これは「外延性の公理」と呼ばれます。

空集合の公理による特徴付け

そんなZF公理系では「要素を持たない集合の存在」が保証されています。

 

ある集合 \(E\) が存在して、
その集合 \(E\) は任意の \(x\) に対して \(x\notin E\) を満たす。

 

これが、我々の知っている空集合を特徴付ける公理です。しかし、このような集合 \(E\) がいくつあるかはまだわかりません。この後、このような集合 \(E\) が唯一つであることを示し、その結果、初めてそれを「空集合」と呼ぶことができて、記号「\(\emptyset\)」で書くことができるようになるのです。

 

高校数学における “約束’’ の背景

高校数学の数学Iの教科書で

「空集合は、どんな集合に対しても、その部分集合であると約束する。」

とされていた “約束’’ を、今までの準備を用いて証明してゆきましょう。

ここで、示すことは

任意の集合 \(A\) に対して \(E\subset A\) となる

すなわち

任意の集合 \(A\) に対して
\(x\in E\ \Longrightarrow\ x\in A\) が成り立つ

ことです。

 

– – – – – 証明 – – – – –
\(A\) を任意の集合とする。このとき、\(E\) の定義より任意の \(x\) に対して \(x\notin E\) が成り立つ。すなわち、如何なる \(x\) に対しても \(x\in E\) は偽の命題となる。

よって、仮定が偽である命題
$$
x\in E\ \Longrightarrow\ x\in A
$$は真である。これより、\(E\subset A\) が従う。

– – – – – 証明終 – – – – –

 

以上より、“約束’’ が確かに正しかったことがわかりましたね。

さて、任意の集合 \(A\) に対して

\(x\in E\ \Longrightarrow\ x\in A\)

が成り立つことが示されました。

ここで「\(E\) の公理を満たす集合 \(E^\prime\) が別に存在した」としましょう。このとき、

  • \(E\) が公理を満たすことから、\(A=E^\prime\) とすると \(x\in E\ \Longrightarrow\ x\in E^\prime\) となります。
  • \(E^\prime\) が公理を満たすことから、\(A=E\) とすると \(x\in E^\prime\ \Longrightarrow\ x\in E\) となります。

よって、外延性の公理から \(E=E^\prime\) が従うのです!

これより、公理を満たすような \(E\) は唯一つであるので、特別な記号「\(\emptyset\)」と書くことにして、「空集合」と名前をつけるのです。このことから、\(\emptyset\) を定めた公理を空集合の公理と呼びます。

 

まとめ

今回は、高校数学で理由を説明されずに約束されている「空集合は任意の集合の部分集合である」という事実を扱ってきました。

高校数学に限らず、人に数学的な事柄を伝えるとき、徹底的に厳密さを追求して隙のない説明をすることが最善であるとは限りません。「嘘をつかずに」厳密さを緩めて、わかりやすさとのバランスをとってゆくことが大切です。高校数学を構成する際にも、高校生にとって理解しやすいよう、バランスを調整しているのですね。

(例えば、高校数学の数学IIIで「極限」が直感的に説明されますが、大学数学では厳密に定義されますね。)

数学に限らず、このバランス感覚が「人に伝える力」の大きな構成要素の一つであると思います。

AkiyaMath

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